2024.07.01 | 今月の園だより
7・8月園だより
「平和を求める祈り」
「また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。」
(コロサイの信徒への手紙3章15節)
園長 塚本 吉興
毎年、6月に入ると福岡大空襲のことがニュースで報道されます。養巴幼稚園も空襲の被害に遭いましたが、神さまが守ってくださって、当時の園長の内海小婦喜先生が、ご家族と共に幼稚園の建物に迫る火を食い止めてくださいました。第二次世界大戦後、日本の国土は再び戦火に包まれることはありませんでしたが、今も世界では戦争が起きています。ウクライナにおいて、また、ガザにおいて戦闘が続いていて、私たちは心を痛めつつ、平和を求めて祈ることしかできません。
「かわいそうなゾウ」という絵本があります。太平洋戦争時、上野動物園で飼育されていた動物が空襲で檻が壊れた時に逃げ出したら大変だということで、次々と毒入りの餌を食べさせられて殺されます。でも、ゾウは賢くて毒入りの餌を口にせず、皮膚が厚すぎて注射の針も刺さらず、飼育員たちは苦悩の末、絶食させるのです。子どもに読み聞かせる前に気合いを入れる必要がある絵本です。それでも、こんな悲しいことが日本であったのだということは伝えたいと思うのです。
13世紀のイタリア、アッシジという町にフランチェスコという修道士がいました。彼は、清貧と奉仕の生活を実践し、愛に生きた人でした。とある教会で祈っていたとき、そこにあったキリスト像から「行って、わたしの教会を建て直しなさい」という声を聞いたといいます。それで、彼は、毛織商であった父親の店から持ち出した商品を売って、そのお金で教会の修復を行いました。怒った父親と対峙したフランチェスコは、自分にとっての父は「天の父」だけだとして、修道士になり、神に仕える人生を歩んだと伝えられます。そんなフランチェスコの名が冠された祈りがあります。
主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。憎しみのあるところに愛を、
侮辱のあるところにゆるしを、争いのあるところに和解を、誤りのあるところに真理を、
疑いのあるところに信仰を、絶望のあるところに希望を、闇のあるところにあなたの光を、
悲しみのあるところに喜びを置かせてください。
ああ、主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、
愛されるよりも愛することを求めさせてください。
なぜならば、人は、与えることで受け取り、自らを忘れることで自分を見出し、
ゆるすことでゆるされ、死ぬことで永遠の命に復活するからです。
聖書の語る平和は、神さまがその只中にあって安らぎを与えてくださっている状態です。休戦ではなく、それまでの敵同士が赦しと慈しみによって和解している状態です。平和な世界が訪れることを祈りつつ、わたしたち自身も周りに平和を作り出していくことができればと願います。