「ひかりの子として歩みなさい」
「イエスは再び言われた。『わたしは世の光である。
わたしに従うものは暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。』」
(ヨハネによる福音書8章12節)
園長 塚本 吉興
ミラノ・コルティナオリンピックが終わりました。「オリンピックは商業主義が〜」とか、「スポーツの政治利用が〜」などと普段は言っていますが、始まるとつい見てしまい、今まで全く知らなかった競技でも、にわかエキスパートになって、「3回転ルッツが」とか、「飛型点がもうちょっと」とか、「ヤップ!ヤーップ!ウォウ!」なんて、テレビを見ながら盛り上がります。(それにしても、ペアスケートのりくりゅうのストーリーは出来過ぎでしょう!!)そんなオリンピックが終わりましたが、それを象徴するのは、聖火が消される瞬間です。改めてその場面を動画で見てみましたが、ドラマチックな音楽が鳴る中、誰もが格子状の聖火台の中心で燃え盛る火に注目しています。そして、次の瞬間、火がフッと消え、まばらな拍手と、「あ〜・・・」というため息が聞こえます。祭典は終わった。火は消えて夜の静けさが戻ってきたのです。
「わたしは世の光である」とイエスさまは言われました。どれだけ小さな光でも、暗闇の中では明るく、あたたかく周りを照らすのですが、イエスさまの光は、世を照らすのです。世は聖書が元々書かれたギリシャ語では「コスモス」という言葉です。世界ということだけでなく、世界の人々という意味もあります。ですから、イエスさまが「世の光である」と言うとき、それは光であるイエスさまが、一人ひとりのわたしたちの心の暗闇をも照らし、あたたかい光で包んでくださるということを意味します。
わたしは両親ともにクリスチャンの家庭に生まれたので、小さい頃から教会に通って育ちました。父親は「24時間働けますか?」な企業戦士で、転勤族だったので、わたしが生まれたのは大阪府茨木市で万博公園の近くでしたが、幼稚園に上がる前に東京都中野区に引っ越しました。近所で一番高い建物が太陽の塔から中野サンプラザに変わり、通うはずだっためぐみ幼稚園から、杉並幼稚園に通うことになりました。どちらの幼稚園も教会附属の幼稚園で、今思えば、養巴幼稚園と同様に遊び中心の保育で、日々のお祈りや礼拝を大切にする園でした。この幼稚園で過ごした2年間が、その後のわたしの人生の基盤となったと思います。幼稚園で歌った讃美歌に「どんなに悲しいときにも、どんなに苦しいときにも、イエスさまが一番、イエスさまが一番、だって、イエスさまは神さまだもの、だって、イエスさまは神さまだもの♪」というものがあります。卒園してからの歩みで、いろんなことがあった時、いつも思い出して、口ずさんできました。火傷をして3週間入院した時も、失恋した時も、進路に悩んだ時も、牧師として困難に直面した時も、いつも、この歌がわたしの心に光を与えてくれたのです。ようはに通う子どもたちにも、お家の人にも、教職員にも、そんな讃美歌を見つけてほしいなと願っています。